スーパー・飲食店社員を退職後転々と全く別の職を歩んだ履歴

スーパーマーケットイメージ

私は大学卒業後、とある中小の地域スーパーマーケットチェーン会社に就職しました。しかしわずか2年半で退職。その後、何度か転職して今はほぼ自由のフリーランスの仕事をして気ままに生活しています。

ここではあなたがもし転職を考えてるけど、次の職種は同じような職種がいいのか、やっぱり3年以上勤務しないと信用されないのかなどの疑問に、実際何度も転職した私が体験を通して伝えたいと思います。

あなたの勤務状況が以下に2つ以上当てはまるならば転職をいいいいお0っっっっmk

まず最初にこれを伝えます。もしあなたの働いているお店が

  • 拘束時間が12時間以上
  • 残業手当がでない
  • 休日が週に1回あるかないか
  • 休日でも急に呼び出される
  • パート・アルバイト常に足りない
  • 1店舗の社員が2名以下
  • 上司がバカ

この条件に2つ以上当てはまるならば転職をすぐにでも考えた方がいいです。

そのころ確かそのスーパーは30店舗くらいの規模。私が入社したのは1994年なので四半世紀以上前ですね(苦笑)。

この会社での面接時は「やりがい」とか「週休2日」とか中小だからこそ早めの出世、具体的に言うと入社3年目で「店長になれる」など人参をぶら下げてきました。

焼き鳥屋しんげん
オラ人参食わないけどね。。。

そして全く違う分野の飲食チェーン会社に入社しました。ここでは私が大卒で入社し「石の上にも三年」ともたず、退社し今に至る、まあいわゆる自伝について語ります。はっきり言いますが、

ブラック企業からは早いうちに逃げろ!!

ということです。人生若いほうがいくらでもやり直しができるということをここではあなたに身にしみてわかってほしいという気持ちで恥ずかしながら人生を振り返ります。

ブラック企業からは早いうちに逃げろ!!

逃げる人イメージ
  • 仕事は辛いのが当たり前
  • 仕事は上司の言う通りにするのが当たり前
  • 仕事は無償の残業が当たり前
  • 仕事は最低でも3年続けるのが当たり前
  • 仕事は嫌でも好きになるのが当たり前

これが私が「勘違い」していた「仕事」しかも新入社員が心得る5つの「当たり前論」です。あなたも似たようなこと思ってませんか?この状況を続けられている人を大きく分類すると

  1. 極めて優秀な人物
  2. 精神的に強い努力家
  3. 会社をすぐに辞める人はダサイと思っている人
  4. 会社に依存していかなければ生きていけない人

この4つではないかと私は思います。この中では私は3の分類だった認識してます。

実際私が入社した会社は、労働時間は平均14時間、上司である店長は休みをくれない、バイトが休んだら休日でも呼ばれる、会社の研修では「魁男塾」のような根性を鍛えられる研修と、まさにブラックな感じでしたが、当時の私は毎日辛い思いをしながらも、「これが自分を鍛えるため、当たり前のこと」と無理やり思ってました。

焼き鳥屋しんげん
お前だらしねーなあ、オラ焼き鳥屋で親父(親分)からさんざん厳しくされて成長したぞ!!

確かに仕事は厳しさが必要ですが、この会社には「愛」を感じませんでした。私のことは「言えば何でも聞く奴隷」のようにしか扱っていなかったように思います。

アルバイトが辞めるそして集まらない

このような会社は当然のごとく、社員よりもまずアルバイトが続きません。社員は自分が上司から受けていることをアルバイトに求めるからです。しかしアルバイトは会社に対する忠誠心は少ないのです。辞めたいと思ったらすぐに辞めることができる、ある意味うらやましい立場なのです。

そういった噂はすぐに地元に流れるので(当時はSNSなどなかったが携帯メールなどで拡散されていたと思う)、いくら新聞折り込みの求人紙にお金をかけて募集してもいい人材は集まりません。

ということはさらに既存の社員に負担がかかるのです。

アルバイトがいない分、残業が増え、休日も出勤することになり精神的に辛くなり、仕事終わってからの家での晩酌に依存してしまいました。当然労働時間の長さから睡眠時間が削られ肉体的にも破滅寸前まで追い込まれました。

会社辞めていいんだよ

当時私は会社の寮にひとり暮らしで、携帯もなくメールも普及しておらず地元の友人などとの連絡は電話もしくは手紙(書いたことありませんんが)でしかできなかった時代。

ようやく電話でつながった友人と話したら「俺もう会社辞めたよ」という言葉にホッとしました。

あぁ、私も会社辞めていいんだ。

と思えたのです。その友人いわく、会社を辞めた理由が

つまらないことをして生きている時間がもったいない

ということでした。実にシンプルで明快。人生一度きり。つまらないことや嫌なこと、嫌な人と付き合って行く人生がどれほどもったいないか。その9日後には「退職届」を出してしまいました。

逃げることに成功です。おめでとう、私。

会社を辞める理由は「前向きな理由」で

会社の上司イメージ
焼き鳥屋しんげん
でもいざ会社を辞めるとなったら、なんて言って辞めるんだ?

確かにそれが悩みどころです。素直に

じろう
会社がブラックだから辞めます。

なんてことは言えないですよね(言える人もいると思いますが)。ちなみに私の場合は「他にやりたいことができた」という理由です。これって「前向きな理由」です。

基本的に人材がいないブラック企業はやめようとするあなたを全力でブロックします。バレーボールでいうと3枚ブロック飛ぶようなものです。

辞める理由が「辛いから」「休みが少ないから」「労働時間が長いから」ということにしてしまうと、会社側はそれに対する対応策を言ってきます。

人事部長みるく
休みを週2日確保します。8時間で退社するようにします。

などと約束して実際に守りますが、数ヶ月頃にその約束は破られます。そんなものです。なので「後ろ向きな理由」で辞めるよりも、嘘でもいいから「前向きな理由」で辞める理由を伝えましょう。

じろう
じゃあ具体的にどういうのさ?

私が退職届を提出してから、ほどなく人事部長がやってまいりました。その後人事部長の自家用車に乗せられ、まある意味監禁状態。もちろん最初の一言は

人事部長みるく
まだ会社に入社して2年半だよ。どうして辞めたいの?

当然理由を聞いてきます。私は意を決してこんな感じで人事部長に伝えました。

私は学生のころ英語が得意でした。できれば英語に関する仕事がしたかったのですが大学に入ってから怠けてしまい、成績が伸びなかったのです。しかし最近また英語の勉強を始めたらすごく楽しかったのです。なので学生の時の夢だった英語に関する仕事にしたいと思うようになりました。

この会社でお給料をいただいて貯金したお金を投資して勉強したいと思ってます。会社にはご迷惑おかけしますが私は自分の夢を叶えたいという気持ちは変わりません。

と(脚色ありますが)伝えました。すると人事部長は私にとって意外な言葉を発したのです。

人事部長みるく
そうか。。。実は私も獣医になりたかったんだよ。でも親の反対があって普通の大学に行って、〇〇(有名紳士服販売会社)に入ったんだよ。そしてそこでマーケティングなどのある程度の経験を得て、今の会社に入ったんだ。でも犬を連れて散歩している人を見ると、あのころの獣医になりたかった夢を思い出すんだよ。

などとしみじみ語ってくれました。結局退職は認められました。こんなにうまく行くはずがないという会社もあるかもしれませんが、強制的に引き止めることはできません。

会社を辞める日程

会社を辞めるには、退職日の2週間前に伝えることが必要と法律では定められています。たとえ会社の就業規則で「退職は3ヶ月前に伝える」とあったとしても法律の方が優先されます。

しかし月給制や雇用期間を契約しているならばこの限りではないのでご注意ください。大半の方は月給制だと思います。月給制の場合は1ヶ月くらい見積もった方が間違いないでしょう。そして有給休暇が残っているのならばそれをすべて有効に使いましょう。

例えば有給休暇が20日あるとするならば、今日が7月1日とするならば、退職日は8月21日として実際働くのは7月31日まで。

残りの8月1日から8月31日の間で有給休暇20日分を取得するということです(あなたの会社の締日に合わせてください)。

有給休暇は法律で定められた権利です。相手が何を言おうとも無駄なく使ってやりましょう。

違う職種に転職可能か

転職イメージ

あなたはスーパーマーケットの社員だったとしても、次の就職先は必ずしもスーパーマーケットもしくはそれと同様な職種しか選択肢がないということはありません。

私の大学時代の友人の例で言うと、卒業後お菓子のメーカーに就職したN塚君は1年で退職してその後、デザイナー専門学校に2年通い、Macでデザインを覚えオリエンタルランドに入社してディズニーのグッズのキャラクターデザインをしてます。

また同様に大学時代の別の友人K島君は、おもちゃ販売チェーン店に就職後、すぐに退社し同じ大学時代のN野くんとロックニュニットを結成し、ベルギーでデビュー。日本でも数々のCMソングに抜擢されるなど実績を残しました(残念ながらK島君は2016年に病気で逝去しました)。

このように一度会社を辞めたとしても新たに勉強をはじめたり、以前からの夢に再チャレンジしたりして成功した事例が、上に述べた通りです。

でもたとえあなたがスーパーマーケットで得た経験や知識が別の業界で全く約に立たないことはないと思います。あなたのこれまで経験や知識を棚卸ししてみてください。ちなみに私がスーパーマーケットの社員で経験して得たものの一部を紹介します。

  • レジの早い打ち方
  • クレーム対応(上手な謝り方)
  • パート・アルバイトの採用の見極め方
  • 商品発注の技術
  • アルバイトのシフト作成
  • 上司や業者との円滑なコミュニケーション方法
  • パート・アルバイトの上手な使い方
  • 現金管理方法
  • 倉庫の片付け方

などと今考えるといろいろあってきりがありません。あなたも普通に真面目に勤務していたならば様々な知識・技術が身についているはずです。これはなにもスーパーマーケットだけでしか通用しないわけではありません。

あなたが次に何をやりたいかをよく考えるよりも、興味あることに飛びついても構わないと私は思うのです。また失敗してもいいじゃないですか?絶対に経験値は上がるはずです。

ドラクエのレベルアップしたときの音を思い出してください。結構気分いいですよね。いつかメタルスライムを倒してぐーんと経験値が上がることはきっとあるはずです。考えるよりも行動した方がいいと思います。

私の転職経験

パソコンイメージ

ご興味あれば御覧ください。私の転職履歴です(笑)。どーでもいいという方は飛ばして結構です。

繰り返しになりますが私は大学卒業後、地方の中堅スーパーマーケットチェーン会社に就職しました。年は1994年、バブル崩壊後の就職困難と言われた時期です。

入社後、1年半で昇格試験に合格し給料が5万円くらい上がりました。しかしその後一切残業手当がつかず、朝6時〜夜23時の勤務、酷いときは朝4時〜24時の勤務などありました。休日は週に1回はあればいいほど。いわゆるブラック企業でした。

当然私の体もそうですが(まだ20代前半だったので)それよりも精神的に耐えられなくなり退社しました。

当時はひとり暮らしだったので、実家に恥ずかしながら出戻りです。

デジタルハリウッドに入学→派遣社員に

デジタルイメージ

実は私1994年に就職した最初の冬のボーナスでMacintosh LC630というパソコンの機種を購入しました。購入当時は使い方がよくわからなかったのですが、ニフティサーブというパソコン通信で遊んでたと思います。

これを機会に「パソコンで仕事がしたい!」と思い、IT時代の魁である「デジタルハリウッド」のMacコース(6ヶ月制)に当時80万円くらい支払って学びました。これが人生の転機のきっかけになりました。

デジタルハリウッドで学んだことは今でも生きています。何もIT企業への就職だけじゃなく、今では独立できます。もしご興味あればデジタルハリウッドを以下からご参照ください。

私がいた1998年当時はPhotoshop、Illustrator、Director(オーサリングソフト)、HTMLを学びました。その後すぐに派遣社員として就職が決まり当時はスーパーマーケットの店員とは違う「夢のような」仕事生活だったと思います。

私が任されたのは当時(長野オリンピックの時)かなり流行していたCASIOのGショックのデジタルカタログの作成です。主にPhotoshopで画像を切り取って別な画像に貼り付けるような仕事をしてました。地味でしたが当時流行りのGショックの最新画像を見ることができたので、楽しかったです。

給料はよかったが・・・

派遣社員の給料って当時はかなりよかったです。朝9時〜18時の勤務で(多少の残業も合ったが)週休2日で月給手取りで30万円くらいありました。マジです。ちなみに現在でも25万円前後が相場のようです。

しかしあくまでも臨時で雇われている派遣社員なので3ヶ月ほどでプロジェクトが終わると、

お疲れさまでした!!

ってな感じで契約が終わりました。正社員としての雇用も期待していたのですが、残念ながら声はかかりませんでした。というわけで再び就職活動です。

その後IT系の企業は10社以上受けました。IT系なので面接よりもCGなどで作った作品重視です。私もCG作品をいくつか持っていましたが、残念ながら採用には至りませんでした。

面接受ける中、とある企業の面接で

「あなたは(人間的な意味でだと思う)感じがいいので、デザイン系よりもそっちを活かした方がいいのではないですか?」

的なことを言われました。結構ショックを受けましたが、よくよく考え直してみると「営業系で就職してHP作れる技術をアピールして広報系の仕事に携われればいいんじゃない」という考えが浮かびました。

というわけでとりあえず大学生時代アルバイトしていた飲食チェーンのアルバイトに25歳で再び戻りました。

アルバイトから社員へ

その後1年半ほど働いてから、さすがに20代後半に差し掛かった私は「アルバイト」という身分に焦りを感じていました(今になって振り返ってみれば20代でも30代でも焦る必要はなかったと思います)。

いいタイミングだったのか、アルバイトから社員への打診がありました。今まで私が一番慣れているというか「楽に就職できる」この時のアルバイト先への就職はこの当時(1998年)の就職氷河期時代では大変ありがたいことだったので、少し迷いつつも入社を決意しました。

もともと私は接客が得意だったので自分でも飲食店は向いていると思いましたのでありがたいお話でした。

飲食チェーンの仕事は接客じゃない

しかし私は20代後半になっているにもかかわらず、恥ずかしながら無知でした。飲食チェーンの社員の仕事は接客じゃなかったのです。

当たり前ですが飲食チェーンの社員の仕事は「経営」です。これはもちろんチェーン店だけではなく、個人店でも同じですが。

それに気がつかず、接客が得意・好きだからといって安易に飲食店チェーン会社に就職してしまった私はアホでした。

接客よりも人の管理が主な仕事でした。従業員のシフト管理が一番きつかったですね。とにかく人がいない。募集しても集まらない。辛かったですね。

出世して店長からマネジャーへ

実は私入社してからわずか2ヶ月で店長になってしまいました。しかも会社の中では稼ぎ頭のお店の。2ヶ月とはいってもアルバイトで1年位の経験と社会人としても2年半ほどの経験があったのでそれを踏まえての大抜擢だったのでしょう。

正直嬉しかったです。しかしこれが地獄の序章です。このお店もやはり従業員はギリギリです。採用しては辞め、また採用しては辞めの繰り返しです。しかしなんとか身を削って(ていうか命かも)やりくりしてそのお店の売上(利益)を上げてきました。

ということが認められて1年後には店長の上のマネジャーという地位で3店舗管轄するようになりました。30歳になる前なので割と早い出世だったと思います。

とはいえども階級は上がっても給料はたいしてあがらず、むしろ階級が上がったせいで管理職となり、残業手当は一切つかず、すべてサービス残業になったのでより、仕事がきつくなったのは間違いありません。

とにかく人件費の削減

私が務めていた飲食チェーン会社では「人件費の削減」が命題でした。会議でも人件費の報告がまず最初。お客さまの満足度なんかはどーでもいい感じ。

そのころのチェーン店数はたしか200店舗以上あったと思います。会社の指針としてはその7割を社員なしのお店にする、つまりパート・アルバイトのみで運営するという仕組みづくりでした。

もちろん社員よりもパート・アルバイトの方が人件費が安いので社員をなくすことで人件費が浮き、利益が確保できるということです。

しかしそう簡単にはいきません。やはり社員に比べパート・アルバイトの方々は基本的に「生活の主軸」として働いているわけではない場合が多いのです。

いざとなればすぐ辞めることもできるし(そうでない立場の方もいらっしゃるとは思いますがが一般的にという意味で)、そもそも飲食店などは人手不足が多いのでパート・アルバイトとしての転職は、受け入れる側から見れば大歓迎です。

なので私が在籍した会社の場合は、人手が十二分にいた試しがほとんどありません。

人件費も抑えてシフトを作成せざるを得ないのでパート・アルバイトが当日急に休みになることになると大変です。当然私も休日とか関係なく呼ばれました。

休日にハイボール飲みながらスカパーで格闘技のペイパービュー観ているときでも平気で携帯に電話かかってきます。

「マネジャー!!アルバイトの田中くんが足をくじいたから休むって電話ありました!代わりが誰もいないんですがどうしましょう!!?」

誰もいなければ私が行くしかないんですよね。こういうことがあるから休日ものんびりとハイボールを飲んでるわけにはいきません。休日でもビクビクしてます。

また多くの人々が休みの土日は仕方がないにしても、GW・お盆・正月などの大型連休は、休みは一切なく、むしろ大型連日出勤でした。

世の中の人々が休日を満喫し、家族・親戚とお酒を交わし、また同級生などと河原でバーベキューを楽しんだりなどという機会が一切失われました。自分が選択したことなので仕方ないです。

だからこそここで伝えてます。飲食業界のすべてがこのような処遇ではないとは思いますが、飲食店から別の業界に転職することは十分ありです。30歳過ぎても大丈夫です。

人生は一度きりです。会社に尽くすのも全然ありですし自由に生きるのもありです。選択するのはあなたです。私は自由に生きることを36歳で選択しました。これはこれで大変ですが、充実してます。

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